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未知なる独断と偏見を

「クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲」 フロイティズムの敗北

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲 よつばと! (13) (電撃コミックス) おじゃる丸 第1シリーズ(2) [DVD]

(5歳児が主人公の作品たち)

「オトナ帝国の逆襲」―劇場シリーズの中でも屈指の人気作だが、この作品で気に入らない場面がある。

最後の盛り上がりで、悪役に対して野原しんのすけが「ずるいぞ!」と声を上げるところだ。非常に台詞調で制作陣が「言わせている」感じが強い。後付のように説明するのもマイナス、と言うより子どもはわからんだろ、これ。

 

 さて、育児を経験した人からすれば、5歳のアニメキャラクターである野原しんのすけ君は「正しくフロイト的」である。フロイトが男根期(3.5 - 6歳)と名付けたものは、自らの性器、そして異性との性差についての関心を中心としており、作品の中では、あますところ無く描かれている。カモンベイビーもゾーさんもフロイティズムがパワフル全開*1なのである。

逆に言えば、育児経験者からすると、その部分がごっそりと抜け落ちているものは違和感が強い。それが描写の省略なのか、作者の力量が未達なのかは知らない。ただ、幼児性をありがたがる一定層の人には「違うよ」とだけ言いたい。フロイトが至ったのも「人の子の親」としての結論だったのだろう。

精神分析学者のジークムント・フロイト*2は20世紀の思想*3に大きな影響を与えた。彼の研究は精神病理、自我と無意識、欲求など広範な範囲に及んだが、ここでは先述した小児性欲周辺について書きたい。子どもの成長をフロイト的に語るアニメで、避けて通れないのが「エディプス・コンプレックス」を主軸*4にしたエヴァンゲリオン*5だろう。一応、補足すると「機動戦士ガンダム*6」も、当時ある程度議論があったと聞いている。

さらに余談だが、これ系でいけば「serial experiments lain*7」も外せない。

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 エディプス・コンプレックスは、特に男児の無意識に同性である父親を憎み、母親を慕う傾向のことを指す。ギリシア神話オイディプス王*8の話にちなんだもので、フロイトドストエフスキー作品*9などでエディプス・コンプレックスを説こうとしている。

 ここで「オトナ帝国の逆襲」の5歳児・野原しんのすけと父である野原ひろしの関係をエディプス・コンプレックスを通して説明しようなどとは思わない。ノスタルジーがあり、オトナ帝国でアダルトチルドレンを模した内容を解き明かそうとするのとは違う。そうではないのだ。

 エヴァンゲリオンの主要制作陣の一人、鶴巻和哉氏が過去に「シンジ君の成長物語なのに、誰もそういう見方をしてくれない」と嘆いていた。これは全編に溢れるペダンチックな構成が主な要因だが、もしキャラクター造形がフロイティズムを内在しているのであれば、ある意味でその「敗北」を示している。

当初からフロイトの理論は、周囲に疑念を持たれてきた。主観を軸にした臨床結果や力動論を活用した構造解説*10が批判を浴びていた。ユングアドラーなどの弟子も次々と去り、「そもそも学問ではない*11」とまで言われた。こうした状況でフロイトは自嘲気味に 「〝否定と出会う〟ことが出発点である」という言葉を残している。1972年にはジル・ドゥールーズとフェリックス・ガタリが「アンチ・オイディプス」を発表した。ここでは人間の欲求は社会との関係の中で育まれていくとし、父親は子どもを取り巻く社会の代理人であるため、その衝突は然るべきものと再定義して絶賛を浴びた。そして、僕もこちらを支持したい。

・・・野原しんのすけ君が叫んだ「ずるいぞ!」はアニメキャラクターと制作陣との関係、この作品を見る親子連れの関係の上では「正しくフロイト的」ではない。ただ、オトナが見れば話の筋としては大いに理解ができるのだ。

*1:オラはにんきもの

*2:フロイト自身も父親と仲が悪かった

*3:アインシュタイン相対性理論マルクス資本論フロイト精神分析論は当時のユダヤ知識階級の豊穣さと彼らがいかに世界を人工的に解釈したかを考えるいいきっかけになる

*4:庵野監督は当初、碇ゲンドウとの父と子の物語にしたかったそうだが、途中でゲンドウがとにかく邪魔だったらしい。ちなみに女の子の場合はエレクトラ・コンプレックと言うそうだ

*5:僕はTV版原理主義

*6:富野御大によると、ランバ・ラルアムロの父性的役割を果たしているそう。ただ、オリジンのラルの扱いは異論あり

*7:これは完全にエヴァの後発。ユング集合的無意識と電脳文化との接近を狙った

*8:ソポクレスによるギリシア悲劇父親を殺し、母親と結婚するという内容で、最後は自らの眼を刺して盲目の乞食となって終わる。これを翻案とした作品がコクトーなどにある

*9:カラマーゾフの兄弟、未成年など。ドストエフスキーも一般の男子と同じように父親と衝突していたが、父親の最後(小作農たちに惨殺された)には同情していたようだ。また未成年が出た頃はツルゲーネフの「父と子」が流行していた時期でもあり、あまり直線的に関係を論じるのは難しいと思う

*10:当時はニューロンが出てきたくらいで、認知科学の確立は1956年のダートマス会議まで待たないと行けない

*11:日本でも「新青年」の執筆陣から「何でもかんでも性欲のせいにしている」と投げ掛けられていた